家系図作りの際に気を付けなければならないことの一つは、古い偽物の系図の存在です。実は、日本に現存する系図には偽物が多いのです。

 

■その昔、偽家系図には需要があった

家系図というのは、江戸時代の武士にとっては履歴書のようなもの。仕官するときには、主君となる人物に出自や家柄がわかる家系図を提出する必要があったのです。それにより武士の俸禄や出世などが決まりました。そのため、見栄えのよい名家に繋がる「盛った」家系図が流行しました。当然その裏には、家系図のねつ造、改ざんを生業とした「ニセ家系図屋」が活躍していたのです。

 

■沢田源内の嘘と偽家系図に満ちた生涯

日本史上最も手の込んだ偽物の系図を作成したのが、江戸時代初期の沢田源内という人物です。

 

【沢田源内の生い立ち】

源内は近江国（現・滋賀県）出身の農民の子で、寺小姓として仕えていました。幼名は喜太郎。幼い頃から美形で頭も良く、寺では大変可愛がられました。しかし、裏で行っていた盗みなどの悪行がばれ、寺を追放されると、山伏のなりをして適当に暮し始めました。喜太郎の寺での悪行が父親に知れると、彼は源内と改名させられ、生活の立て直しもさせられたのです。ところが、武家や公家に仕えるたびに盗みをしては追放され、奉公する先もなくなるほどになりました。

 

やがて、身分の低い自分には出世など望めないと考えた源内は、偽物の家系図を作ることを思いつきます。近江の名家・六角氏の嫡流佐々木義綱だと名乗り、偽の佐々木氏系図を作ったのです。それを知った父親は驚愕し、彼を軟禁しましたが、源内は逃亡して偽系図や偽書を書き続け、父親も源内との縁を切ってしまいました。

 

【売れた源内の偽家系図】

1653年、35歳の源内は江戸で偽の佐々木氏系図を利用して水戸藩への仕官を企みました。しかし藩にデタラメ家系図が判明すると、逮捕を免れるため彼は慌てて近江に逃げ帰ります。そして名前を六角氏郷（うじさと）と変えて、偽家系図作りを商売にしました。元々頭のよかった源内の偽家系図は、裏付け資料までねつ造するほどの念の入れようでした。彼の偽家系図『大系図』は大評判。室町時代に作られた系図資料として著名な『尊卑分脈』を利用したもので、全30巻という大作です。しかし、幕府は身分詐称者を処刑するなど取り締まりを強化しました。処刑されてはたまらん、と源内は身を潜めます。しかし子供のころから嘘とニセモノで生きてきた源内です。悪行に懲りることなく、70歳で病没するまでやっぱり個人的に偽系図を作ることで生計を立てたんだそうです。

 

■偽家系図が混じる江戸時代の家系図調査にはご注意を

源内は亡くなっても、問題は残りました。彼の偽書は江戸時代の武士の系図に強い影響を与えたのです。『浅井始末記』」『浅井三代記』などの軍記にも利用され、情報の真偽の判別は難しくなりました。

 

沢田源内のようなニセ家系図屋は彼一人ではありませんでした。求める人がいたとはいえ、彼らの罪は、多くの家系図に嘘の情報を混ぜ込んだことです。まったく迷惑な話ですね。

 

こんな事情から、家系図作りで明治時代以前まで遡る時、江戸時代の家系図資料にはどうぞご用心を。

「自分のご先祖はあの有名武将に繋がっていた！」と喜び自慢する人を、草葉の陰から覗く源内が「ヘヘヘ」と笑っているかもしれませんから。